人と接する仕事を天職として

親子、兄弟、友人、知人からはじまって、職場など、対人関係、人間関係に関して全く問題がない人はいないと思います。

僕も同様です。現在進行形ではなく、過去完了形になりましたが、人間関係にトラウマがあると言ってもいいかも知れません。

そのせいか、今までは、正直なところ、一番気が休まるのは、一人でいるときでした。今は必ずしもそうではありません。ある程度は価値観と感性が合う人なら、ずーっと一緒にいてもリラックスできますし、寝食を共にしたいとすら思うようになりました。

20代はじめから30歳くらいまでの2年半ほど、海外を放浪していた時期があります。当時(1980年年代)は、経済成長真っ只中で、デザインやイラストの技術があったこともあり、1年ほど日本を離れて帰国しても、すぐに仕事にありつけたいい時代でした。

人間関係の問題を抱えていた当時ですが、日本での人間関係から隔絶した海外では、むしろ初対面の外国人や同胞でも、気軽に挨拶をかわし、話がはずみ、家を訪問したりすることすらあります。なので、生まれ持った性質からすれば、僕はむしろ、人が好きなんだと思います。幼児の頃は、人懐こかったらしく、営業向きだと言われたことすらあるほどでした。

人間関係で一番嫌いなのは、裏切りです。僕のトラウマの原因にもなってます。

適当な態度や自己保身のための嘘、利己的な態度などは、自分にとっては許容範囲ですが、自分に見せる顔と態度と、本心が著しく違っていたりするのは、それによって個人的にも社会的にも手ひどい傷を負った経験がいくつかあるので、絶対に許容はできないようになってしまいました。

そんな自分が人と直接接する仕事をするというのも、皮肉というか面白いと思いますが、なぜ、そんなことが可能かといえば、自分個人に対する好き嫌い、相性の良し悪し、価値観の相違はともかくとして、接する目的に関しては、絶対に一致しているという安心感、信頼感があるからだと思います。

さらに、金銭を受け取る立場で接しているから、自分と合わないと感じた人や、目的を達成できないと感じた人は、自然に離れていくというのも、わかりやすく、むしろ清清しいくらいです。

必ずしも、個人生活(プライベート)の細かいところまで教えあう関係、甘え合う関係が、深い人間関係だとは思いません。個人的なことはあまり知らなくとも、目的や価値観を共有できて、裏切りの入り込む予知のない、利害も感情も対立する必要性のない関係が、僕にとって安心できるし疲れないのです。

その意味では、思春期から中年へさしかかる頃までの時期、自分に欠けていたというより、避けてきたような人間関係、人との接し方、付き合いを、いま、整体師という仕事を通じて取り戻しているのかも知れないと思うことがあります。

たとえ一時的な付き合いだとしても、クライアントさんは、僕に生きる意義と生活の糧を与えてくれる、いまの自分にとって、かけがえのない存在です。

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Posted by desk@toiee.jp