瞑想して考えたこと

20代の頃から瞑想に興味があり、断続してますが、瞑想は実践しています。

瞑想をはじめると、自分の内部世界を探求するということができるようになってきます。

脳というか潜在意識(記憶は脳細胞だけでなく、体の全ての細胞が体験したことを記憶しているそうです)は、体が感覚的に体験したことも含めて、全ての体験を記憶していると言います。普段は忘れていますが、ちょっとしたきっかけさえあれば、瞑想中に過去のことを事細かく思い出すことができるのです。

子供のとき住んでいた家の中の間取りや様子、旅行先での景色や体験など、通常の意識状態では、ぼんやりとしたイメージでしか思いだせないことでも、かなりはっきりイメージすることができます。

僕の場合、感覚、特に聴覚が鋭敏になります。目をつぶった状態で瞑想しているからでしょうが、かなり遠くの物音までも、その距離感と音の質感みたいなものまで感じ取ることができます。

大げさに言えば、聴覚を通じて、地球を越えて宇宙空間にまで、自分の感覚が広がっていくような感じがすることもあります。

肉体は細胞が新陳代謝を止めたときに物質に還るし、脳に血流が行かなくなり酸素が供給されなくなり二酸化炭素が蓄積されてくると意識が無くなり、脳は活動を停止します。

しかし、意識は物質的な意味での細胞や分子、原子などに形として存在しているものではなく、ある種のエネルギーであり、物質に依存しない活動そのものとも考えられます。

ですから、精神や意識は、肉体の死後も、なんらかのカタチ(といっても物質に宿るという意味ではありませんが)で活動は続けられると思っています。それを魂や霊魂と呼ぶのでしょう。

人体の活動は、もちろん物質的な基盤に基づいて行なわれていますが、最初にあるのは明らか意に意志だと思います。意志(心)がまずあり、その伝令がペプチドなどの神経伝達物質を媒介として全身の細胞に伝わり、身体が活動していると考えています。

ペプチドなどの伝達物質は、何の意図もなく生成されることはないことから見ても明らかなように、意図(意図)、心が生命活動を行なうためには必要なのです。

だから、物質となった死体をいくら詳細に解剖したところで、生命の神秘は解き明かされることはないし、物質的と思われている身体活動のメカニズムや生きている人体の活動メカニズムすら、正確には知ることができないでしょう。

死体を解剖するだけの解剖学なら、頭蓋骨は動かず、仙骨も動かず、ましてや仙骨と頭蓋骨(特にその中の後頭骨と蝶形骨)が連動して動いているなど思いもよらないかも知れません。関節だけでなく、全身の骨格がかなり自由に必要に応じて適切に動くことも認識できないかも知れません。

施術をしていると、手の感触で骨盤(寛骨と仙椎)が自ら動き適切な位置に収まったとわかることがあります。そんなことも死体を解剖しているだけでは、わからないし、学者や医師からは、否定されると思います。

整体とはじめてから、常識が真実とは限らず、非常識が嘘とは限らないと、つくづく感じることが多いです。


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