空気を読む必要はない – 病院や薬に頼らず健康で安心して暮らす為に – 川越の整体…病院・接骨院・鍼灸院で治らない方もご相談ください!

自分が知っている人に対しては、その人の人柄のイメージがあります。多くの人は、そのイメージ通りにその人が振舞ってくれることを、暗に期待しているはずです。

その期待が裏切られると、揶揄したり非難することすらあります。これは他者を、自分の世界を構成する構成要素と見なしているからでしょう。自分の世界観を崩されたくないのです。

それを意識してかどうかはわかりませんが、多くの人は、知人の自分に対するイメージを壊さないように振舞おうとします。お互いにそうするのです。まるで自分の人生の行動基準が、他者の価値観や自分へのイメージに基づいているかのように。

でも、他者のイメージと違うかも知れない本当の自分を押し殺してまで、他者の観方を尊重しそれと調和する価値があるのでしょうか?

KY(空気読めない)という略語が一時期はやったし今も一部では使われていますが、海外でこのような空気を感じることはあまりありません。

KYに象徴される同調圧は、日本的いじめの源泉であり根源だと思います。他者は自己と違うから他者たりえるのです。同じ人格なら存在意義はないとさえ言えます。

他者に同じように振舞うことを強制することを正当化することと、個性と個人の自由意志の尊重は真っ向から対立します。

「場の空気」に実態はありません。他者と違うことをする独立性を恐れる臆病者か、人々を支配しようとする傲慢な人が作り出した幻想に過ぎないと言ったら言い過ぎでしょうか?

場の空気を読めという心理的強制を根絶しない限り、いじめはなくならないし、目的追及のために最大限効率的な組織を創造・維持することもできないと思います。

お互い牽制しあうことで、個性やその人にしかない能力を抑制、殺し、所属する組織の欠点を改めることができなくなるのです。

年代問わず、今だにKYと呼ばれることを恐れる人が多い多いことに、ちょっとした失望を感じます。

かといって、協調性を否定しているわけではありません。自分と考え方と目的が同じ人とは、協調し共同して行動、活動することは、目的を達成するために、快適に暮らすためにも大切です。でも、「場の空気を読む」ことと「協調する」ことは、明らかに違います。


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価値観・考え方

Posted by desk@toiee.jp