誤解されている「弱肉強食」の意味 – 病院や薬に頼らず健康で安心して暮らす為に – 川越の整体…病院・接骨院・鍼灸院で治らない方もご相談ください!

「弱肉強食」という言葉は、学校や会社、社会における競争を正当化するためによく使われる熟語です。

その辞書的意味は、
「弱い者の肉が強い者の食料となる意から、弱者が強者の犠牲になること。強い者が弱い者を餌食(えじき)にして栄えること」
とあります。

野生動物の世界は「弱肉強食」であり、「百獣の王」ライオンが、その頂点に立っていて、「弱者」であるシマウマやガゼル、インパラ、ヌーなどの草食動物は、食べられるのが定め、という事実から、弱いものが強いものの餌食になり死んでいくのは自然のことであり、しかたがないという意味あいで語られています。

でも、実際の野生動物の世界では、ライオンが最も強い動物で、頂点に立っているだとか、草食動物が弱いから食べられるというわけではありません。

力比べ的な闘争という意味では、ライオンより成獣(大人)の水牛(バッファロー)や犀(サイ)などの方が強いですし(少なくとも1対1では)、犀より象の方が強いことは、言うまでもありません。

ガゼルなどの鹿(生物学の分類では、ウシ科に属しますが)よりは、ライオンが強いことは確かですが、ライオンが強いからガゼルを食べるわけでも、ガゼルが弱いから食べられるわけでもありません。

ライオンは肉食動物だから、草食動物を食料として生きているだけの話です。走力(走る速さなどの能力)で比べれば、ガゼルのほうがライオンより強い(優秀)なので、ライオンが狙うのは、子供か弱った大人のことが多いのです。

自然界の生存競争という意味での「弱肉強食」のメカニズムが働いているのは、同種の間だけです。ガゼルはガゼル同士、直接的には、同じ群れのガゼルとしか競争関係にはありません。体の弱い個体や幼くて走力や判断力が劣る個体が脱落していくのであって、ガゼルは種としては、ライオンと競争しているわけでも、闘争しているわけでもないのです。

話は飛びますが、本屋に行くと、ビジネス書や自己啓発書が一番目につくところに平積みされています。我々の住む社会が競争原理で動いているからですが、これらの書籍の背景にある社会認識、思想は、「弱肉強食」です。

「競争に負けないために、より高い収入を得て人よりいい生活をするためには、これこれのノウハウや考え方が役に立ちますよ」というのが、その内容です。

不況になると、その主張はさらにエスカレートし、収入と社会的立場で優位に立つため(物理的な意味での成功)のノウハウから、この社会で生き残っていくために必要な努力という意味でのノウハウに変わってきています。

我々の多くはそのこと(弱肉強食)に何の疑問も抱きません。文字通りの「生存競争」をさせられていることが、社会の前提条件として暗黙の了解のように受け入れているのです。

ビジネス書や自己啓発書の中にある考え方は、個人の能力を高めることがこの社会で生きていくための必須条件であり、それを怠った人が脱落して惨めになるのは当然であり、せいぜいしかたがないといものです。

そこには、共に社会を構成していく同士として、共同で社会を暮らしやすくすることや、社会全体で悲惨な状態を改善していこうという思想はあまり感じられません。

野生動物を含めた自然界全体の大前提で基本的システムは、弱肉強食ではなく、共栄共存です。ライオンが生きれるのは、草食動物がいるからですし、草食動物が適正な状態で生きれるのは、ライオンなどの肉食動物が、生存に適さない弱い固体を間引きしてくれ、個体数を環境が養える適性規模に調整してくれるおかげなのです。

もっと広く考えれば、植物が草食動物を養い、その糞が大地の栄養になり、草食動物を食べた肉食動物は、死んで大地に帰り栄養分になるという食物連鎖の中でお互いに必要としあい支えあって生きているのです。

そう考えれば、我々の住む社会を「弱肉強食」の原理でとらえることは、社会を殺伐としたものに変え、一部の「強者」「勝利者」(いわゆる勝ち組)だけが、快適な生活を楽しめるという社会を良しとすることに他なりません。

それを選択するのは自由かも知れませんが、地球規模で考えた場合、その考え方は自然の摂理には反するので、遅かれ早かれ(たぶんごく近未来に)破綻することでしょう。


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