整体塾の同期生…いわゆる国家資格所持者 – 病院や薬に頼らず健康で安心して暮らす為に – 川越の整体…病院・接骨院・鍼灸院で治らない方もご相談ください!

いくつかの整体学校、塾で学んだが、その中に、鍼灸、指圧、柔道整復のいわゆる国家資格所持者がいた。

当時は(今も詳しくはないが)、手技療法の業界のことなど、ほどんど知らなかったので、何のこだわりも偏見もなしに彼らと接していた。

そこで学んでいる手技は、我々にとっては初めてのもので、その限りにおいては、お互いに初心者だと思ってたので、特別に彼ら「国家資格所持者」を、尊敬するとか、上だとは見ていなかった。ただ、業界の先輩という程度の意識だった。

だが、彼らの意識は、今思えば、明らかに違っていた。自分たちを上に置くというより、我々を下に見ていたような気がする。少なくとも本心では、完璧な素人扱いで、趣味程度のものに数十万円も払ってどうするんだ?!という感じが垣間見れた。

今は多少は、その辺の機微というか、業界事情がわかるので、当然だとは思うが、発言の真意や本音がわかったときなど、カチンと来ることもあった。

彼らの本音はこうだと感じた。
「我々のような業界経験が20年もあるベテランでさえ、独立し営業を続けていくのはカンタンではない。それが君らのようなど素人が、ほんの数ヶ月カンタンな技を学んだ程度で、医学的な知識も無く、身体のことも知らない者が、手技療法で生計を立てていけるわけがない。それに無資格者が不調や病気を治したりしたら違法ではないか!」

断言すると、語弊もあろうし、そうでない人もいるので正確ではないが、多くの「国家資格所持者」は、多かれ少なかれ、このような印象や感想を、「無資格者」である、民間の手技療法師、整体師に対して持っているという言い方なら、当らずと言えども遠からずだと思う。

確かに、法的には「無資格者」は「治療」行為はやってはいけないことになっているようだ。
だから、治療ではなく「施術」という言い方が一般的だ。
(ちなみに「施療」という表現を使っている人がいるが、ボランティアなら正確な表現だが、料金を取って「営業」しているなら、この単語は使えない。これは無料で施術などをするという意味だからだ)

この認識があると、我が先生方が言われていたことが、スゥッと腑に落ちる。
「病名は言うな」「症状は追うな」「我々の仕事は病気の治療ではない」などなど。

だから、著名な整体の先生でも、国家資格を持たない方は、自著で「治療」という言葉は使わない。「身体の調整」とか「チューニング」「からだを整える」などの言い方をしている。

実際、整体の仕事の要点は(流派にもよるが)、歪んで機能不全や不調が出ている身体を、調整して元の状態に戻すことだと思う。

身体には自然治癒力というものがある。それに働きかけ、活性化すること、と言ってもいい。

今は鍼灸や柔整の学校に通うには、500万円もかかるようだ。期間も最低で3年だとか。
とても一介のサラリーマンが仕事をしながら、資格取得してみようと思える額でも期間でもない。

その資格が、真に効果的で、不調者を手技で確実に治せるのなら、それだけの犠牲(といっちゃいけないが)や投資をする価値はあると思うが、実際は、整骨院や指圧(鍼灸はいいという患者さんがいるが)に「治療」に通っても、なかなか良くならないという患者さんは少なくない。最強の医療系国家資格である医師がやっている整形外科に行っても、治らなくでうちに来られる方も少なくない。

でも、我々は「治療」はしてはいけないのだ。「施術」も「治療」も言葉の彩だと思うが、法律的なことを念頭に置いたら、やはり「施術」と言い、仕事は身体の歪みと身体機能全般の調整だと言っておく必要がある。

副業やそれこそボランティアならともかく、これで残りの人生を、年金などの社会保障だけでは、まともに暮らしていけない我が国で生き抜くには、この仕事で死ぬ間際まで生活していかなくてはならないからだ。

それを考えるとと、ペーパーテストだけで実際には卒業しても即戦力、即独立開業とはならない国家資格でも、取得しておく方がリスクヘッジになるとは思うが、先に挙げた理由でそんなことは不可能だし、無駄だと思う。

願わくば、整体師などの社会的認知度が高まり、もっと評価されることを!

教育について

Posted by desk@toiee.jp