教えるということ

[149162536496481100] 私はこの数字を10年後でも記憶していられると思います。語呂合わせではありません。記憶力がいいからでもはありません。この数字の並び方の意味を知ってるからです。これは教育の本質です。

いまだに学校教育の主な部分は、知識の暗記のようです。知識のもつ法則性や実社会での意味と活用事例を教えることは少ないでしょう。コンピュータが発達し普及した現代では、知識の暗記主体の教育は実効性を失いつつあります。単なる知識は、パソコンなどで調べれば済むことですから。暗記に膨大な時間を費やすことはありません。

未知の分野を勉強するには、意味がわからなくても、まず暗記せよという考え方があります。その意味などどうせ最初はわからないのだからと。でも、わからない ことをわかるようにするのが教育です。

意味や法則を最初から教えても、未知の分野の概念が無ければ頭に入りませんが、未知の分野でも、その分野の基本概念をまず教え、個々の物事が持つ意味や法則性、現実での実効性を考えさせることはできます。これをせずに、最初から暗記せよという考えは、江戸時代の教育方法の水準と同じでしょう。

わかれる奴だけわかればいい、という考え方もありますが、これは、少なくとも教育機関で教える者の態度ではないはずです。公共的な教育機関であるならば、学ぶ意思と能力がある者には、全員おぼえてもらうという態度は必要でしょう。逆に言えば、学ぶ意思と能力に欠けるものを入学させてはいけません。

日本の教育レベルが下がっているという調査結果があります。それで、教える知識の量と授業の時間を増やそうとしているようですが、教育レベルを量の問題だけで解決できるはずがありません。

教育レベルを上げるには、カリキュラムの問題もありますが、教える者の教育技術と態度のレベルを上げる必要もあります。おぼえられない者が悪いという、旧態依然の意識では、自分が教える分野の人材の裾野は広がらないでしょう。

私の仕事である整体の世界にも当てはまりますが、師匠のすることを観察し、考え、実行して試行錯誤しながら学んだものしか、ちゃんと身につかないという考え方が、技能職には強くあります。しかし、優れた師匠のもとで日常的に働く機会に恵まれる人はまれです。

整体の講習会にはよく参加しますが、セミナーなど高額な料金を受け取っても、同様の態度(観て試行錯誤して自分で習得せよ)の「師匠」はたまにいます。しかし、この態度は、教育者としては不適切だと思います。教えることに料金を頂戴するなら、参加者には習得していってもらうという責任感が希薄なら、有料で教えるべきではありません。

自分の持つ特殊技能で職業的に優位に立ちたいと願うのは当然のことです。自分が開発した特殊技能を、そう簡単に教えないという態度もありです。しかし、教えることで料金をもらうなら、ちゃんと習得できるように教える責任が生じます。自己の職業的優位性を保ちたいなら、教えなければいいのです。

さらに言えば、どんな技術も、先人や他の同業界に必ず影響を受けています。それを受け継いで、創意工夫と経験を加えて、自分独自のものにしているのです。そのことを認識していれば、自分が先人たちの知識と経験と創意工夫果てに得た成果の上に乗っているのを、あたかも自分一人で発明したかのように主張するのはおかしいのです。そのことを考えれば、自分が得たものを、次世代に受け継ぐのは、その世界で生きている者の責任であり義務であると思います。

技能者としては優秀でも教育者としても優秀とは限りません。優秀な技能者の中には、自分が教える立場になったときに、生徒のおぼえが悪いことを、生徒の学ぶ意識や能力の低さに原因があると考える人は少なくないようです。しかし、優れた技術を持つこととそれと人に教える能力や技術は、同じものではないことを認識すべきです。これは優秀な技術者、カリスマと呼ばれるような人に、少なからず欠けている認識だと感じます。

知識も富も、多くの人たちの存在と協力があっての結果です。それを過度に独占することは、人類の進歩に対する罪だと思います。

一人でも多くの体調不良の人たちに整体を!

*数字の並び方の答えは、1から10まで同じ数字を掛け合わせた解を並べたものです。


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育児・教育について

Posted by 小林昌弘