魂があるとすれば

スピリチュアルブームで、前世とかリ・インカーネーション(輪廻転生)とかが テレビや日常会話でも、ごく当たり前に耳にするようになっていますね。

ブームになるズーッと前に読んだ本では、臨終の人を体重計に載せて計ると、死んだ後では、ごくわずかだが体重が減る、という話がありました。だから魂は死ぬときに肉体から離れて(天国へ)行くという主張だったのでしょう。

でも、考えてみると、魂というものがあるとしても、それは物質的なものではないはずです。 それを物質的(物理的)な裏づけを探そうとしても、無駄というか探求の方向が違うような気がします。

魂と呼んでもスピリットでも、呼び方は何でもいいのですが、 思うに、それらな生命体の働きを司る力なのだと思います。 だから、魂という「物」があるわけではないと考えています。 それを別のもっと一般的に言えば、生命活動を成り立たせている 自律性、意志のことだと考えています。

我々の肉体は、炭素や水素、酸素、鉄、リンなどの元素でできているから物質であることは確かです。でも、我々は物質ではない。生物です。生きているのです。

生物と物質を分けるもの。 それは、自律性を持っているということだと思います。 自分の意志で行動を決め、栄養補給をし成長することができ、傷や故障を修復できて、自分と似たような存在を再生産(生殖)できること。 これらは、物質には還元できないものです。 比較のレベルが違うのだと思います。

自律的、意識的な働きと、その作用の痕跡としての記憶の蓄積が、 魂(スピリット)の本質だと思います。

輪廻転生などは、魂の生まれ変わりを言っているにも関わらず、 あたかも、「魂」という何かまとまった塊のようなものがあるかのように考えているように感じます。

それが、肉体という現世での存在基盤に宿ることで、生命が誕生するという思想だと思いますが、魂が意志なり自律的な作用(働き)だとすれば、 肉体(物質)と分けて考えることはできないような気がします。

魂が抜けるから死ぬのではなく、意志、意欲と呼ばれるような自律するための力が衰えるから、肉体は元の物質に還るのだと思っています。

物質の動きが情報として痕跡を残すように、生命体の活動も情報としてその痕跡を残しているのかも知れません。 だから、肉体的にはこの世から消滅し大地や大気中に還元されても、生きた証としての記憶、情報は、永遠に残るのかも知れませんね。

でも、それはなんらかのまとまった塊として形をとどめたり、記憶という情報そのものが自律的な意志を持っているとは考えにくいのです。

物質界という現場を離れた「作用(働き)など、必要ないというか、必然性が感じられないからです。


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