体温計の目盛りの幅は、たった7度

水銀柱の体温計の目盛りは、35度から42度までのわずか7度の間しかありません。これは、人が生存できる体温がこの間で、体温が35度以下でも42度以上でも生きられないということだと思います。

人の体調を整えること…「整体」を生業とするようになってから気づいたことのひとつに、体温が35度台の人が多いということです。人の基礎体温は36.5度前後だと思っていますが、それを1度ほども下回る人もそれほど珍しくはないということがわかりました。それだけ、現代日本人の体は冷えているということになります。

当人にとっては嫌な表現でしょうが、体温計の目盛りで考えると、35度台の体温というのは、死の一歩手前ということです。

実際、平熱が36度を切ると、免疫力、病気への抵抗力が2割以上も落ちるといいます。体の冷えは単なる症状、ありきたりの、たいして深刻に考える必要もない体の状態などと軽く考えていると危険だと思います。 直接の因果関係が検証できなくても、冷えがきっかけとなって、しだいに深刻な病気にまで至るケースはあると考えています。

私の平熱は36.3度です(ちなみに、平熱、基礎体温は、寝ている状態の体温です。起き上がって動きだすと体温は上昇します。一日のうちでも体温は1度前後は変化します)。子供の頃は36.5度はあったと記憶しているから、たいていは、大人になる過程で代謝量が落ちていき、体温も少し下がるようですね。

私の最高の体温の記録は41.5度位です。これは生存できる体温の上限一歩手前ということになります。あと0.5度上がっていたら、おそらくこの文章を書くことはなかったでしょう(笑)。

原因はマラリアです。現代の日本では罹ることがない熱帯の病気でハマダラ蚊などの蚊が媒介します。20代半ばにアフリカに滞在していたとき、アフリカ中央部のザイール(現在のコンゴ民主共和国)のジャングル地帯で発症しました。

当時、ケニアのモンバサというインド洋に面した港町からザイールの首都キンシャサまでの旅の途中でした。途中のウガンダとザイールの国境にそびえるルゥエンゾリという標高5000メートルほどの山をトレッキングした後で疲れが出たのか、体調がおかしくなりだしました。

キンシャサまで行きたい気持ちは強かったのですが、公共交通機関がなく、ヒッチハイク以外行く手段がない旅は発症前で衰えていた体には、過酷でした。体の勘で、これ以上進んだらかなりやばいことになると感じて、近代的設備の整った病院のあるケニアに引き返すことにしたので、命拾いしたのです。

なんとかケニアの首都ナイロビまでたどり着き、大使館で紹介された病院に行ったら、マラリアと診断されました。それでも市販の治療にも使えるという予防薬を飲んで安宿で寝ていたのですが(現地ではマラリアなどごく普通の病気でしたが、後になって知ったのですが、死亡率はかなり高いようです)、意識が朦朧とするほどの体温になって命の危機を感じたので、早朝にタクシーをつかまえ病院に連れて行ってもらいましたが、そのときの記憶は高熱のせいで意識が朦朧としていたためか、あいまいです。

着いた直後に車椅子に乗せられ、即点滴をつながれたまでは覚えているますが、その後3日ほどの記憶はありません。昏睡状態に近かったようで、後から医師にかなり危ない状態だったと聞かされました。全世界ではマラリアで年間100万人以上の人々が亡くなっているそうです。

そのときの唯一の記憶は、まぶしいくらい明るい世界で花が咲き乱れた広い場所にいて、しきりに懐かしい人たち、もう会えないかも知れないがとても親しかった人がいて、とても会いたいと思ったことだけです。

きっと花畑の彼方に歩いて行ったら、その人たちに会えたかも知れないが、戻っては来れなかっただろうと思います。 そのときの夢?妄想?からか、死後の世界があるような気がするようになりました。

帰国してから数年間は、夏になると高熱が出ました。一番ひどかったのは、30歳になる直前、3ヶ月かけた東南アジア縦断旅行でインドネシアのバリに滞在していたときでした。クタビーチのロスメン(現地人用の安宿)のベッドがぐっしょり汗で濡れ、黴が生えるほど大量の汗をかきました。そのとき体温計は41度をさしていました。

帰国後、やはりマラリアの原虫が体内にいると確信して、目黒の白金台にある東大医学部付属の熱帯医学研究所(当時の呼称)へ行って事情を話しました。そこの待合室には、太平洋戦争で南方に行き、マラリアになって帰還し、戦後40年以上の経つのに、毎年夏になると高熱が出るという元兵隊がいて、いろいろ話を聞かせてくれました。

元兵隊の話によると、40度もの高熱だと、たいていの病原菌は死滅するらしいです。だから、君の体は浄化されマラリアを別にすれば、とてもきれいな状態だといってくれました(これは医学的にも本当らしいです)。

5日後にナイロビの病院を退院したときは、筋力は落ちていましたが、身も心もとてもすっきりし、すがすがしく感じたことを思い出しました。病気が治って、命拾いして、うれしかったことはもちろんですが、元兵隊さんが言ったように、心身ともに高熱で浄化されたのだと思います。

子供はよく高熱を出しますが、40度以下なら、心配はいらないと思います。医学的には、風邪、インフルエンザや子供特有の病気で、高熱で脳がやられたり、死んだりすることはないそうです。しかも高熱の副産物として、体内に潜んでいる病原菌が滅菌されるから、治った後は以前より健康になってといえます。

41.5度の体験から言えることは、解熱剤など通常の病気では必要ないということです。熱が出ることで、抵抗力が増し、病原菌を退治できるからです。

それより、低体温を心配した方がいいです。そっちの方が命取りになることがあると思っています。

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