施術は整体師と患者のコミュニケーション

整体師と患者

整体の施術も顧客と整体師との身体感覚と言葉を通したコミュにケーションだと感じることがあります。パターン化した施術は可能ですが、話があまり通じず、身体感覚が鈍感な人だと、効果的にも整体師の自己満足度も低いような気がします。気持ちが通じる人だと施術効果はさらに高まると感じるのです。

身体の構成物質はもちろん、精神的、心理的、形而上学的なことも含めて、個体独自のものなど無いと思ってます。体細胞を構成する物質は消化と呼吸を通じて絶えず、外界から新たな要素を取り入れ、古くなった物を排泄している。精神的なものも、人や書物や状況から情報を取り入れ、表現の形で外に出してからです。精神的なことも、外界からの情報や他者、過去の人の残した書物や作品などから影響を受けて形成されていのです。

身体の内外の要素の流れをスムーズにしておくことが、心身の状態を良好に保つ秘訣だろうと思います。その手助けをするのが整体施術です。心身一如(心と体は同じもの)だから、施術に心が無ければ効果も表面的な部分に留まる。施術には気持ちの交流も大切なのだと感じます。

心身と外界の要素の流れが滞ったときに不調が生じ、それを放置すれば発病する。病気が進行し心身が衰えて、要素の流れが止まったとき、少なくとも体は活動を停止し死を迎える。流れる水は腐らない。生命体も流体でいる限り活動し続けられるのです。

ノイローゼや鬱など精神的不調や疾患も、精神的、心理的要素の身体内外の流れが滞った状態だと考えるます。心が内向きになり、外界を正確に認識できなくなった時、精神は変調を来たし健全性を失うのでしょう。

整体の効果は整体師と患者の関係性に左右される

人間関係

手技療法(身体均整師会など)の研修会には、都合がつく限り参加するようにしています。

脊椎の側面にある硬結(かたまり)が左右どちらにあるの観察によって、施術側(右か左か)が決まるという施術の法則のようなものがあるのですが、他のベテランの先生(身体均整師)と診立てが違うことがあります。

違っていたとしても、自分の観察結果に基づいて施術するしかないので、練習でもその通りにしました。自分の診立てで調整した結果は、椎骨側面の硬結は和らぎ、背骨の捻れも解消したので、結果的には自分の診立てで良かったと確信は持てましが。でも、多少、疑問は残りました。ベテランの先生の診立て通りに調整したら、結果はどうなっていのだろうか?自分の診立てによる調整より、さらに効果が高かったのではないか?という疑問です。

施術家(手技療法家)によって、正しい観察(診立て)は一つだけだという人もいるし、施術側の意識や考えがクライアントに影響するので、人によって診立てが違うのは自然だという人もいます。科学(現代医学)的には、観察結果が人によって違ってたら、どちらかが間違っているということです。

しかし、量子力学では、原子や分子、電子、素粒子などの微視的世界では、粒子の位置と運動量は同時に両方を正確に測定することができませんし(不確定性原理)、原子や電子は、粒子(物質)としての特徴をもつと同時に、波動としての特徴も持っています。これは、観察者の意識が観察結果に反映するということでもあります。

明らかに観察点(正確に該当する椎骨を観察(触診)できてるか?)が違う場合は問題外ですが、硬結の観察は、椎骨そのものが観察対象ではなく、症状に関係のある神経節の状態がどうなっているかの観察ですから、椎骨そのものの位置が正確に合ってるかは、実は、二次的な問題ではあります。

身体均整法では、体の前後左右のバランスを整えることを、最重要課題の一つにしていますが、私の施術方針としては、症状の解消を最優先しています。ですから、仮に身体バランスが完全に整ってなくても、体調が良くなり症状が解消してれば、良しとしているのです。逆は駄目です。バランスが整ったが、症状が消えないというのは。いくら歪みが解消しましたと言っても、症状自体に変化が無かったら、楽になりたくて来院しているクライアントさんは、満足はしません。納得もしないかも知れません。

症状解消を最重要としているから、均整法的には、観察結果が法則と違っていようが実情を優先し、施術しています。法則はあくまで観察の結果の最大公約数的事実(臨床、観察結果)をまとめたものに過ぎないと考えていますし。

体は複雑で個人差が激しいし、一つの症状や歪みでも、原因はいくつもあるから、法則に観察結果が合わない場合は、実情を優先すべきと考えます。法則通りに施術することより、症状解消、体調向上という目的達成のほうが、はるかに重要というか、それなくして施術の価値はないと考えているからです。

最終的には、自分の観察結果を信じて施術するしかないのです。施術しているときに人の助けを求めるわけにはいきませんから。たとえ他のベテランと言われるような先生の観察結果や診立てと違っていたとしても、施術するのは自分だし、その結果を引き受けるのも自分だからです。ただし、未熟さや間違いを肯定するわけでもなく、開き直ってるわけでもありません。

治療(調整、セラピー)の結果は、クライアントとセラピストの関係性の内にしかないのだと思います。誰がやっても手順さえ間違わなければ同じ結果がでる機械修理と、生身の人間の治療は違うということだと思います。使い込んだ、思い入れのある機械は、生身の人間(生命)と似てくるという話もあるようですが…

だからこそ、治療(調整)の技術も大事ですが、クライアントとの関係づくりを怠っては、どんなに技術的に研鑽積んでも、よい結果は望めないと思います。他の誰にも治せない難病が治せれば患者は殺到するでしょうが、そんな天才的セラピストや治療家を基準にしてものを言っても、自分が天才でない以上、意味がないですし。

整体師と患者さんの相性

整体師と患者の相性

整体はいうまでもなく、生身の人間が相手です。施術の方法論とそれを具現化した手技を使って、体調不良の人を楽にすることが目的です。

不調を治す技術なら、手技が対応する症状ならどんな人にでも同じ結果が出ると期待していました。同じ条件なら再現性があることが、体系化された技術の条件だというのが常識だと思っていたからです。

しかし、生身の人間相手では、そう簡単に事は進みません。数ヶ月、ときには数年かけて実験を重ねた医学的治療法や薬でも、100%効果を発揮することがないのと同様、整体の手技が、対応する(と思われる)症状に対しても、当然ながら100%の確率で効果を発揮することなどあり得ません。それは、原因が違う場合もあるし、技術が未熟だということもあります。

しかし、それらをクリアしてもなお、施術効果が発揮できないケースがあります。治療(施術)は、施術者や医師、治療家が、一方的に患者さんに対して行うものではないからです。それと、整体の技術そのものが、療法にもよりますが、かなりあいまいさのあるもののようだからです。

治療(整体の施術)は、患者と治療する者との協同作業でもあります。最終的に体を治すのは、患者さんの自然治癒力です。我々療法師は、患者さんの自然治癒力という「元気」を引き出すのが仕事です。

整体という技術でそれを行っているわけですが、患者さん側が施術や療法師を受け入れてない場合は、技術的に正確にできたとしても、効果は出ないのです。

それは単に相手を信頼してないとう場合もありますが、お互いの心身の相性みたいなものもあるようです。こちらが、なんとなく合わないと感じる相手だと、やはり施術効果も、あまりないという結果になることが多いようです。もちろん逆の場合も同様ですが、阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)というか、片思いということは少なく、たいていは、お互いにしっくりこないという場合が多いようです。

神ならぬ人間のやることですから、そんなこともあると認めて、成果の出ない、気乗りのしない施術はしないことも大切ではないかと思う今日この頃です。

整体の施術も人間関係のひとつです。相性があるのは当然かも知れません。

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