いま、ここにいること

体力と気力も使い果たしたことはありませんか?
いつも元気で明るくなんて、理想かも知れないけれど、僕にはできない相談です。
そんなとき一言つぶやいてみます。
「いま、ここに、生きているだけでいい」

本当はそんなこと、言ってくれる人はいません、めったには。
同僚、上司はもちろんのこと、親兄弟、親戚、親友、知人でもあまり期待できないかな…

でも、一番、愛とまでは言わないけれど、思いやりと肯定感に満ち溢れている表現は、これだと思います「ただ、そこにいてくれるだけでいい」。

いまの、日本とは限りませんが、生きる価値って何かを成すことだと思います。ただ生きているだけでは十分でなくて、何か創造的というより、生産的、お金に換算できることをすることに価値が置かれているのは、否定しようもない事実です。

そんな価値観を微塵も疑問に感じずどっぷりと浸かり、しゃにむに働いている姿がそこらじゅうに見えます。満員電車の人たちはみな一様に不機嫌か、雑誌や携帯の画面に見入っています。市街地で子供も含めて、いまどき、無目的にぶらぶらしている人は、渋谷のセンター街やコンビにの前でしゃがんでいる若者以外、あまり見かけることはありません。

藁しべ長者の話に似ていますが、僕が好きな話に「三年寝太郎」というのがあります。寝てばかりいる太郎に、ちゃんと働かないと金持ちになれないと説教するのですが、金持ちになったらどうなる?という太郎の質問に、働く必要がなくなって毎日寝て暮らせる、と答えが返ってきます。すると太郎は、それなら、俺はいま、もうそうしている、と答えるのが落ちです。

なんか怠け者の言い訳、屁理屈のようにも感じますが、でも、これは生きる目的や働く目的についていろいろと考えさせてくれる話です。

なんで働くのか?なんで働かないといけないのか?なんでいま、ここに生きているだけじゃいけないのか?それと、今の生きる価値観というのは、学校でも会社でも家庭でも、将来のために今を犠牲にしても準備し努力するというコンセプトが根底にあるように感じます。でも、これって永遠に(死ぬまで)、実現すべきゴールを先送りするってことだと思いませんか?

「いま、ここで、すぐに実現すること、やりたいことをはじめること」僕が高校生の頃から考えていた生きるコンセプトです。キャッチコピーは「いまがすべて」。

死ねば、本人にとっては、(少なくとも)物質的なものは全て無に帰します。物質的なものやそれを生産するための産業や経済は、方便、方法、手段に過ぎないことを、いま、この時点で再認識することが必要なのではないでしょうか?

 

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世界観・人生観

Posted by 小林昌弘